South65

〈体験ルポ〉旨みが凝縮された熟成肉は、こうして作られる。〜加工工場での熟成から、私たちの口に届くまで〜

ちょっと前までは知る人ぞ知る存在だった“熟成肉”も、今や「食べたことはないけど、名前は知ってる」くらいにまで知名度が上がったようだ。そして、食べたことのある人にとっては「旨みがギュッと詰まった熟成肉を一度食べると、新鮮なお肉ばかりを肯定していたこれまでの自分はなんだったのか」と、価値観が逆転したという話もよく聞くようになった。しかし、肉を熟成させるって、どうすればできるのだろう? 熟成肉を食べに専門店に行くと、入り口や通路脇に吊られた肉の塊を見かけることがあるが、あれは仕入れた肉を吊るして熟成させているのだろうか? そんな疑問を払拭すべく、熟成肉を作っているという工場へ行ってきた。

お邪魔したのは、埼玉県八潮市にあるエスフーズ株式会社東京営業所。こちらでは、1,000㎡近い広大な敷地の中で熟成肉を加工しているという。到着すると、まずは帽子と白衣、長靴を着用して、念入りに手洗い・消毒。続いてカラダに付着したホコリなどをエアコンプレッサーブースで吹き飛ばし、いざ加工工場の中へ。

ドアを開けて中に入ると、最初に目に飛び込んできたのは20人以上の職人さんたちが包丁片手に大きな作業台を囲んで肉を捌いている姿。それも数kg程度の肉ではなく、骨が何本も付いたままの数十kgはあろうかという肉と格闘しているのだ。ふと作業台の脇に目をやると、天井からクレーンで吊るされた枝肉(頭部,尾,四肢端などを切取り,皮や内臓を取除いたもの)を包丁一本で切り分けている人も。「これ、絶対に数百kgはあるぞ」と恐れおののく。

20名以上の作業員さんが枝肉を切り分けるカット室。

そんな光景を横目に工場の偉い人について行くと、先ほどの枝肉が何十頭も吊るされている部屋へと案内された。こちらは枝肉庫。そういえば、加工工場に入ってからずっと寒かったのだが、こちらの工場では肉の腐敗を防ぐため、基本的に室内を0℃に固定しているのだそう。トラックでの搬入口から先ほどの枝肉を切り分けていた場所まで天井のレーンがずっとつながっており、クレーンで吊るされた枝肉はレーンを伝って数々の工程に進むわけだ。

100体以上の枝肉が並ぶ枝肉庫。

枝肉庫で肉の内部まで温度が均一に下がったら、次は熟成庫へ。牛肉の熟成製法には真空パックで行う「ウェットエイジング」と、肉から発せられる菌類の働きを利用する「ドライエイジング」のふたつがあるが、エスフーズで行われているのはドライエイジング製法。これは、骨付きの大きな肉を温度1〜3℃(たんぱく質分解酵素がゆっくりと活動する温度帯)、湿度85〜90%の部屋に置き、肉のまわりの空気が常に動く状態を作って、20日から1カ月ほど熟成させるというものだ。

環境が整った肉からは水分の減少、たんぱく質分解酵素(プロテアーゼなど)によるたんぱく質(アミノ酸)の成分の変化が起こり、肉質はやわらかく、芳醇な香りと旨味が増すという。熟成が進むと表面が乾いたり、カビに覆われたりするが、逆にカビは腐敗バクテリアの侵入を防ぐと考えられているのでそのままにしているのだそう。実際、棚に並ばられたロース肉の塊(これも近くで見ると、とても大きい)の断面にはカビが。でも確かに肉自体は腐っていなさそう。普段の生活の中で肉を腐らせてしまうことはあるが、カビが生えてしまうのは見たことがない。適切な環境が整えられれば、きっと家庭でもカビが生えて、肉を腐らせずに済むことができるかも(まず無理だが)。

徹底した衛生・温度管理で1カ月以上の熟成が可能な、独自設計のドライエージング専用ルーム。

ブランド牛も熟成されている。

カット面に生えたカビは肉の腐敗を防いでくれる。

じっくりと熟成された肉は、次の工程で切り分けられる。そう、前述の20人以上で包丁片手に肉と格闘するあの部屋だ。誰が指示をだすわけでもなく、みんな無言で黙々と作業を進めている。もちろん、ただ闇雲に切り分けているのではなく、その日の朝に渡される指示書に基づいて作業は進められるのだが、それにしてもその手捌きは実にお見事。このレベルに到達するまで、だいたい3年はかかるという。

切り分けられた肉は、次の工程で真空パックされ、倉庫へと運ばれて出荷を待つ。ここまで、すべての部屋の温度はコントロールされ、肉の温度上昇対策が講じられていた。取材時は冬だったからまだいいが、これが夏だったら作業員さんたちは大変。休憩時間に外に出たら、中との温度差が40℃近くになることもあるのだからカラダが悲鳴をあげそうだ。

切り分けられた肉は真空パックされる。

肉が入った真空パックは、一瞬熱湯の中を通り、すぐに冷水で冷やされる。こうすることでパックが締まり、真空状態がさらに強まるのだそうだ。

パックの状態が整ったら、発送先別に箱詰め。

梱梱包され出荷を待つ熟成肉。これだけの量の熟成肉たちが、日々流通していることに驚いた。

エスフーズ
https://www.sfoods.co.jp/

さて次は、ここで熟成された肉を実際に食べられる焼肉店へと場所を移すことにしよう。

次ページ▶︎▶︎▶︎新宿のエイジング・ビーフで熟成肉を食らう!

工場から向かった先は、新宿三丁目のH&Mが入っているビルの6階にある「エイジング・ビーフ TOKYO新宿三丁目店」。こちらを運営する株式会社新和は、2010年に日本初の熟成肉専門店を上陸させたことで知られる“熟成肉のパイオニア”だ。現在は熟成和牛焼肉の「エイジング・ビーフ」、熟成和牛ステーキの「グリルドエイジング・ビーフ」、米沢牛の熟成肉を扱うハイエンド焼肉レストランの「サロン・ド・エイジング・ビーフ」の3業態を関東を中心としたエリアに13店舗展開している。

そもそも牛肉を熟成させるという概念は欧米が先駆者だが、その理由は霜降り肉の日本の牛と比べて赤身の強い肉質だからに他ならない。それを熟成させることで旨みや適度な柔らかさを引き出しているわけだ。では、なぜエイジング・ビーフではそのまま食べてもおいしいはずの和牛を、わざわざ時間をかけて熟成させているのだろう。しかも和牛の最大の特徴である上質な脂肪は、逆に熟成に向かないのではないかと素人ながらに心配になってしまう。だが、そこは日本の“熟成肉のパイオニア”、この10年を超えるキャリアの中で研究を重ね、赤身と脂肪の熟成バランスがよい、熟成期間の見極めに成功したのだとか。

前置きが長くなったが、ここで試食タイムがスタート。今回は「エイジング・ビーフ」の店舗での試食メニューの中に、特別に「グリルドエイジング・ビーフ」のステーキも用意してもらえることになった。まず最初に運ばれてきたのは「熟成上タンと上タンの⾷べ⽐べ」。同じ上タンでも熟成したものと、そうでないものの食べ比べだ。やはり、熟成上タンのほうが柔らかく、噛むほどに旨みが溢れ出してくる。これが熟成の威力なのか、と思い知らされた感じだ。

続いて「トリュフ⾹る熟成和⽜ユッケ〜温⽟のせ〜」と「焼き雲丹と炙りサーロインの⼿巻きキンパ〜キャビアのせ〜」。生肉のように見える鮮やかな色味のユッケは、60℃でじっくり熱通しされたもの。温玉を潰して絡め、上に乗ったトリュフと一緒に頬張ると、濃厚な風味が口いっぱいに広がる。炙りサーロインに雲丹とキャビアが乗ったキンパは、肉も海鮮も一度に食べたいという欲望を叶える贅沢なメニュー。この2品は2月末までの期間限定の冬メニュー。提供店舗も限定されるので、下の写真の注釈を確認してほしい。

最後は「エイジングおすすめ希少部位5種盛り合わせ」とグリルドエイジング・ビーフの「熟成和⽜ステーキ」。赤身のランプから始まりクリ、カイノミ、インサイド、最後は霜降りのトロカルビまで、熟成肉を知り尽くした専門店が選んだおすすめ部位は、初心者なら必ず食べ比べたほうがいいに決まっているメニュー。まずはこの一皿で、熟成させると部位によってどう変わるのかを体感してほしい。そしてステーキ。グリルドエイジング・ビーフでは、100g以上の肉の塊を提供しているそうだが、しっかり焼かれた表面とミディアムレアに近い焼き具合の中身が口の中でハーモニーを奏でているよう。今回は200gの肉塊ということもあって、「肉を食べている!」という気分がより強く感じられた。

熟成肉は高いというイメージをもつ人は多いと思うが、わりとリーズナブルなエイジング・ビーフの価格設定にも驚いた。下の商品紹介にもあるが、希少部位5種盛り合わせは一人前1390円(税抜)、キンパに至っては雲丹やキャビアまで乗って890円(税抜)だ。まだまだ大勢でテーブルを囲むのが憚られる今、お一人様やカップルでリーズナブルな熟成肉で舌を肥えさせながらコロナ収束を待つのもいいだろう。

今回はこちらのエイジング・ビーフ TOKYO新宿三丁目店で熟成肉をいただくことに。

部位ごとに陳列された熟成肉。

各テーブルに用意された部位の一覧。霜降りなのか、赤身なのか、どこの場所のお肉なのかがひと目でわかる。

厨房の様子は通路から見ることができる。注文が入ったお肉は、ここで切り分けられてテーブルへと運ばれる。

今回いただいたメニュー。手前左から「トリュフ⾹る熟成和⽜ユッケ〜温⽟のせ〜」、「焼き雲丹と炙りサーロインの⼿巻きキンパ〜キャビアのせ〜」、奥左から「エイジングおすすめ希少部位5種盛り合わせ」、「熟成上タンと上タンの⾷べ⽐べ」(※写真は2⼈前)、「熟成和⽜ステーキ」。

熟成上タンと上タンの⾷べ⽐べ(1⼈前 1,090円)
※「熟成和⽜焼⾁エイジング・ビーフ」提供メニュー

トリュフ⾹る熟成和⽜ユッケ〜温⽟のせ〜(1⼈前 1,380円)
※提供店舗 /TOKYO新宿三丁⽬、神楽坂飯⽥橋店

焼き雲丹と炙りサーロインの⼿巻きキンパ〜キャビアのせ〜(890円)
※提供店舗/TOKYO新宿三丁⽬店

エイジングおすすめ希少部位5種盛り合わせ(1,390円)
※注文は2⼈前より
※「熟成和⽜焼⾁エイジング・ビーフ」提供メニュー

熟成和⽜ステーキ(価格は部位とグラム数によって変動)
※「グリルドエイジング・ビーフ」提供メニュー

※ 価格はすべて税抜表記

熟成和牛焼肉 AgingBeef TOKYO新宿三丁目店
住所/東京都新宿区新宿3-5-4 レインボービレッジ6F
営業時間/
[月~金]
ディナー 17:00~23:00(L.O. 22:00)
[土]
ランチ 11:30~16:00
ディナー 16:00~23:00(L.O. 22:00)
[日・祝]
ランチ 11:30~16:00
ディナー 16:00~23:00(L.O. 22:00)
定休日/第2月曜日(祝日の場合、翌火曜日)
※8月、12月は休まず営業
席数/174席
(個室6名席×2部屋(最大14名まで利用可)、テーブル160席、カウンター10席)
熟成和牛焼肉 AgingBeef
https://agingbeef.jp/

AgingBeef
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