近くて遠い、横浜の「本当の顔」に出会う。美食と絶景を巡る、一泊二日の横浜「夜活&朝活ツアー」体験記

東京の隣に位置する巨大都市・横浜。あまりに身近であるがゆえ、私たちはこの街の「夜」と「朝」の真の顔を、意外にも知らないのではないか。

いつでも来られる安心感からか、東京在住者がわざわざ横浜に宿を取るという選択肢は、盲点になりがちである。だが、それは実にもったいない。港と密接に歩んできたこの街には、東京の喧騒とは一線を画す、独自の情緒が波音とともに息づいている。

記者も都内在住ながら、実家は横浜・神奈川区の高台にある。老いた母の様子を見に頻繁に帰郷し、早朝、窓からランドマークタワーやインターコンチネンタルホテルのシルエットを眺めては、「ああ、横浜に帰ってきたのだな」と感慨にふける。しかし、そんな横浜生まれの記者でさえ、夜から朝へと移ろう街の「素顔」を掌握できているかと問われれば、自信はない。

そこで今回、あえて夕刻から街の中心地へと繰り出し、一泊を挟んで朝の空気までをも堪能する、グルメを主軸に据えた大人のための横浜「夜活&朝活ツアー」を体験してみた。

日本ビール発祥の地・横浜で、地の恵みを喉に流し込む至福

横浜とビールの歴史は、1869(明治2)年の「ジャパン・ヨコハマ・ブルワリー」開設にまで遡る。以来、この街は日本におけるビール産業発祥の地として、独自の文化を醸成してきた。その伝統の継承者であり、横浜市内で最も長い歴史を持つローカルビアカンパニーが運営するのが、レストラン『UMAYA』だ。

扉を開けると、まず目を引くのはガラス越しのビール工場。職人の手によって丁寧に扱われるチェコ製の美しい銅釜。ここで朝から夕刻まで、一日がかりの仕込みが行われる。

原材料は水、モルト、ホップ、酵母の四つのみという潔さ。なかでも、横浜・瀬谷区の農家が丹精込めて育てた小麦を使用した「瀬谷の小麦ビール」は、白濁した柔らかな口当たりが特徴。女性にも絶大な人気を誇る一杯。

料理のこだわりも、ビールの追求に引けを取らない。看板メニュー「UMAYAのポテトサラダ」は、単なる前菜ではない。ビール造りの過程で出る「仕込みカス」を堆肥にし、横浜の水源地・道志村で育てたじゃがいもを使用する「フードループ(循環型取組)」の結晶なのだ。客が自らマッシュし、自分好みの加減で仕上げるスタイルは、食事を豊かな「体験」へと昇華させる。


さらに、横浜産ホップを練り込んだ「ソーセージ三銃士」を合わせれば、ホップ特有の爽やかな苦みが、グラスの中の液体と最高の共鳴を見せてくれる。


<コラム>横浜はクラフトビールの街
現在、横浜市内には10カ所以上のブルワリーが点在。全国的にも稀有な「クラフトビールの高密度地帯」となっている。2025年には「Yokohamaクラフトビールアソシエーション」が発足。「クラフトビールといえば横浜!」を合言葉に、行政と民間が手を携え、さらなる魅力発信を続けている。

呑兵衛の聖地・野毛。昭和の残り香を感じる「クジラの刺身」の衝撃

一軒目で心地よく酔いが回ったところで、次に向かうのは野毛エリア。横浜の呑兵衛たちが吸い寄せられるこの地で、昭和56年から暖簾を守り続けるのが和食居酒屋『横濱すきずき』。

魚屋の祖父と父を持つ店主自身で立ち上げたこの店は、レトロでアットホームな、まさに「大人の隠れ家」。特筆すべきは仕入れの質の高さ。毎朝、横浜中央卸売市場や横須賀・長井港から直接届く鮮魚はどれも一級品。そして、野毛の名物として愛され続ける「クジラの刺身」は、ここを訪れるなら絶対に忘れてはならない絶品メニューだ。

「昔のクジラは臭みがあったが、今のミンククジラはまるで別物。筋肉の旨みがダイレクトに伝わる」と店主。戦後、食糧難の時代に野毛の「クジラ横丁」で人々を支えた食文化が、現代のクオリティで蘇る。そのこだわりは自家製のカラスミやチャーシューにまで及び、どれもがハイボールや地酒の最強の相棒となる。

<コラム>ハマっ子にとっての野毛
野毛は単なる飲食店街ではない。美空ひばりを生み出し、戦後直後の大衆芸能が集まっていた芸能の地であり、日本最大級の市民による手作りのジャズイベント「横濱ジャズプロムナード」の舞台。戦後の闇市から立ち上がり、多様な人々を受け入れてきた懐の深さ。そこには、効率を優先する現代社会が忘れかけている、人と人との温かな交わりが今も息づく。

天空の客室でみなとみらいの灯を独り占め。非日常へと沈み込む夜

今回のツアーの究極の目的は、身近な異文化の街・横浜で非日常を味わうこと。ならば、宿泊先は“上質な滞在体験”を叶えるホテルを選びたい。記者が選んだのは、みなとみらいエリアの最前線に位置する『三井ガーデンホテル横浜みなとみらいプレミア』。

地上20階のスカイロビーに降り立った瞬間、目の前に広がるのは圧倒的なパノラマ。客室は、洗練されたモダンなインテリアと、海をイメージしたブルーのアクセントが心地よい。窓の外には、壮大なベイブリッジや港を行き交う船の灯、そして遥か先まで続く街の煌めきが、宝石を散りばめたように輝く。刻一刻と表情を変える「動く夜景」を眺める贅沢。それは、日帰りの横浜観光では決して得られない、宿泊者だけの特権だ。


<コラム>みなとみらいってどんな街?
1980年代から始まった大規模な埋め立て事業により誕生した「みなとみらい21」。地方からの観光客には輝かしい未来都市に映るが、中国人向け看板の「港未来」という漢字表記に、地元民がふと違和感を覚えるのも面白い。平仮名の「みなとみらい」に込められたのは、威圧感を削ぎ落とした、市民に親しまれる街への願いなのだ。

海風が目を覚まさせる。新港ふ頭の静かな鼓動を歩く

翌朝。快適なベッドの誘惑を振り切り、横浜の「朝活」へと踏み出す。ホテルからほど近い新港ふ頭の『カップヌードルミュージアムパーク』。ここは、潮風を感じながら静かに目覚める街の鼓動を感じられる場所。

朝日に照らされるインターコンチネンタルホテルの姿を背に、市民が愛犬を連れて散歩する。観光客のいない、生活の場としての横浜。パーク内の「DREAM DOOR」では、薪割りや火起こしといったアウトドア体験も可能。都心とは思えない豊かな緑と、鼻腔をくすぐる潮の香りが、昨夜のアルコールを優しく洗い流してくれる。


<コラム>ドッグフレンドリーな街・横浜
横浜市は、実は犬の登録件数が政令指定都市で第1位。臨港パークから山下公園まで続く約5kmの海沿いには、犬用の水飲み場やリードフック付きのベンチが完備。ペット同伴可能なカフェやレストランも多く、愛犬家にとってもこれ以上ない「散歩パラダイス」となっている。
※参考「横浜移住サイト~だから横浜で暮らしたい~」
https://iju-sumu.city.yokohama.lg.jp/

クラフトの香りに包まれて。五感を呼び覚ます「海の上のブレックファスト」

朝の散歩を終え、横浜ハンマーヘッド内にある『QUAYS pacific grill(キーズパシフィックグリル)』へ。ここは、醸造所・蒸留所・焙煎所を店内に併設した、世界でも稀な「体感型レストラン」だ。

「レストラン屋が手掛けるクラフト」が、この店のテーマ。二階にある蒸留所「NUMBER EIGHT DISTILLERY」で作られるジンには、キッチンで出たアボカドの種や、ビールで使うホップ、焙煎したコーヒー豆が使われる。驚くべきアップサイクルの精神。

朝食の主役は、色鮮やかな「サーモンとアボカドのオープンサンド」。そこに合わせるのは、一階の「HAMMER HEAD ROASTERY」で焙煎されたシングルオリジンのサイフォンコーヒー。温度の変化とともに表情を変える一杯を啜りながら、海を眺めるひととき。まるで豪華客船のデッキにいるかのような錯覚。五感がゆっくりと……、しかし確実に研ぎ澄まされていく。

※モーニングは1階席のみの案内となります。

1万個のパンを知るマニアが薦める、元町発祥の「チーズバタール」を連れて帰る

ツアーの締めくくりは、自分へのお土産。向かうは1万個以上のパンを食したパンマニア・片山智香子さんがオススメする、元町発祥の老舗『ポンパドウル 元町本店』。

「横浜は都内からのアクセスも良く、異国情緒が楽しめる街。新旧のベーカリーが混在するのも魅力」と語る片山さん。ポンパドウル元町本店の特徴は、地下にある工房でパン職人が粉から仕込んで焼き上げること。なかでも「チーズバタール」は、4種類のチーズをブレンドした角切りチーズの入った、創業翌年の1970年からのロングセラー。外はカリッと、中はふんわり。その飽きのこない味わいは、まさに横浜のパン文化の象徴。

<コラム>パン好きにはたまらない、日本のパン文化発祥の地・横浜
明治時代、外国人居留地向けにパンが焼かれ始めたことから、横浜は「食パン発祥の地」とされる。日本初の食パンを販売した「ウチキパン」をはじめ、今や市内には無数のベーカリーが。赤レンガ倉庫で開催される「パンのフェス」は、全国からファンが集まる聖地。パンは横浜のアイデンティティそのもの。

旅人として、生まれ故郷を再発見するということ

横浜「夜活&朝活ツアー」。一泊二日の旅を終えて感じたのは、解像度の変化である。

昼間の華やかな顔だけでなく、夜の野毛で歴史の深みに触れ、朝のみなとみらいで市民の日常に溶け込む。宿泊という選択をしたことで、私は初めて「旅人」として、生まれ故郷の本当の姿に対峙できたのかもしれない。

近すぎて見えなかった景色がある。泊まらなければ聞こえなかった声がある。あなたも、一番近い非日常へと、足を踏み出してみてはいかがだろうか。そこには、まだ見ぬ「本当の横浜」が、あなたを待っている。