• HOME
  • グルメ , 体験リポ , 特集
  • 〈体験ルポ〉旨みが凝縮された熟成肉は、こうして作られる。〜加工工場での熟成から、私たちの口に届くまで〜

〈体験ルポ〉旨みが凝縮された熟成肉は、こうして作られる。〜加工工場での熟成から、私たちの口に届くまで〜

ちょっと前までは知る人ぞ知る存在だった“熟成肉”も、今や「食べたことはないけど、名前は知ってる」くらいにまで知名度が上がったようだ。そして、食べたことのある人にとっては「旨みがギュッと詰まった熟成肉を一度食べると、新鮮なお肉ばかりを肯定していたこれまでの自分はなんだったのか」と、価値観が逆転したという話もよく聞くようになった。しかし、肉を熟成させるって、どうすればできるのだろう? 熟成肉を食べに専門店に行くと、入り口や通路脇に吊られた肉の塊を見かけることがあるが、あれは仕入れた肉を吊るして熟成させているのだろうか? そんな疑問を払拭すべく、熟成肉を作っているという工場へ行ってきた。

お邪魔したのは、埼玉県八潮市にあるエスフーズ株式会社東京営業所。こちらでは、1,000㎡近い広大な敷地の中で熟成肉を加工しているという。到着すると、まずは帽子と白衣、長靴を着用して、念入りに手洗い・消毒。続いてカラダに付着したホコリなどをエアコンプレッサーブースで吹き飛ばし、いざ加工工場の中へ。

ドアを開けて中に入ると、最初に目に飛び込んできたのは20人以上の職人さんたちが包丁片手に大きな作業台を囲んで肉を捌いている姿。それも数kg程度の肉ではなく、骨が何本も付いたままの数十kgはあろうかという肉と格闘しているのだ。ふと作業台の脇に目をやると、天井からクレーンで吊るされた枝肉(頭部,尾,四肢端などを切取り,皮や内臓を取除いたもの)を包丁一本で切り分けている人も。「これ、絶対に数百kgはあるぞ」と恐れおののく。

20名以上の作業員さんが枝肉を切り分けるカット室。

そんな光景を横目に工場の偉い人について行くと、先ほどの枝肉が何十頭も吊るされている部屋へと案内された。こちらは枝肉庫。そういえば、加工工場に入ってからずっと寒かったのだが、こちらの工場では肉の腐敗を防ぐため、基本的に室内を0℃に固定しているのだそう。トラックでの搬入口から先ほどの枝肉を切り分けていた場所まで天井のレーンがずっとつながっており、クレーンで吊るされた枝肉はレーンを伝って数々の工程に進むわけだ。

100体以上の枝肉が並ぶ枝肉庫。

枝肉庫で肉の内部まで温度が均一に下がったら、次は熟成庫へ。牛肉の熟成製法には真空パックで行う「ウェットエイジング」と、肉から発せられる菌類の働きを利用する「ドライエイジング」のふたつがあるが、エスフーズで行われているのはドライエイジング製法。これは、骨付きの大きな肉を温度1〜3℃(たんぱく質分解酵素がゆっくりと活動する温度帯)、湿度85〜90%の部屋に置き、肉のまわりの空気が常に動く状態を作って、20日から1カ月ほど熟成させるというものだ。

環境が整った肉からは水分の減少、たんぱく質分解酵素(プロテアーゼなど)によるたんぱく質(アミノ酸)の成分の変化が起こり、肉質はやわらかく、芳醇な香りと旨味が増すという。熟成が進むと表面が乾いたり、カビに覆われたりするが、逆にカビは腐敗バクテリアの侵入を防ぐと考えられているのでそのままにしているのだそう。実際、棚に並ばられたロース肉の塊(これも近くで見ると、とても大きい)の断面にはカビが。でも確かに肉自体は腐っていなさそう。普段の生活の中で肉を腐らせてしまうことはあるが、カビが生えてしまうのは見たことがない。適切な環境が整えられれば、きっと家庭でもカビが生えて、肉を腐らせずに済むことができるかも(まず無理だが)。

徹底した衛生・温度管理で1カ月以上の熟成が可能な、独自設計のドライエージング専用ルーム。

ブランド牛も熟成されている。

カット面に生えたカビは肉の腐敗を防いでくれる。

じっくりと熟成された肉は、次の工程で切り分けられる。そう、前述の20人以上で包丁片手に肉と格闘するあの部屋だ。誰が指示をだすわけでもなく、みんな無言で黙々と作業を進めている。もちろん、ただ闇雲に切り分けているのではなく、その日の朝に渡される指示書に基づいて作業は進められるのだが、それにしてもその手捌きは実にお見事。このレベルに到達するまで、だいたい3年はかかるという。

切り分けられた肉は、次の工程で真空パックされ、倉庫へと運ばれて出荷を待つ。ここまで、すべての部屋の温度はコントロールされ、肉の温度上昇対策が講じられていた。取材時は冬だったからまだいいが、これが夏だったら作業員さんたちは大変。休憩時間に外に出たら、中との温度差が40℃近くになることもあるのだからカラダが悲鳴をあげそうだ。

切り分けられた肉は真空パックされる。

肉が入った真空パックは、一瞬熱湯の中を通り、すぐに冷水で冷やされる。こうすることでパックが締まり、真空状態がさらに強まるのだそうだ。

パックの状態が整ったら、発送先別に箱詰め。

梱梱包され出荷を待つ熟成肉。これだけの量の熟成肉たちが、日々流通していることに驚いた。

エスフーズ
https://www.sfoods.co.jp/

さて次は、ここで熟成された肉を実際に食べられる焼肉店へと場所を移すことにしよう。

次ページ▶︎▶︎▶︎新宿のエイジング・ビーフで熟成肉を食らう!