<編集部Aの取材日記>潜水艦に遭遇!! しかし、ウサギに襲われた瀬戸内クルーズ

(写真上)前方から見たSEA SPICA。双胴船構造なのがよくわかる。

意外かもしれないが、広島には島が多い。その数は全国16位の142島にのぼる。そういえば広島県も公式HPで、諸説のひとつとして「県名は、広くデルタの島々が合わされたという自然の地の形に由来する」と挙げていた。でも、広島県といえば面している海は瀬戸内海だけのはず。それほど広くない瀬戸内海に、そんな数の島があるものなのか? なんて考えながら地図を見てみると、ありました。ちょっと大きめの島もあるけれど、地図では見逃してしまいそうな小さな島が無数に。ということで、広島の旅2日目はこれらの島を訪れることに。

今、広島で島々を巡る観光をするならおすすめなのが「瀬戸内しまたびライン」。広島港と三原港を結ぶ航路を途中の島々で下船して散策できる、観光客にぴったりなコースだ。乗り込む船は、2年前に運行を開始したばかりの観光型高速クルーザー「SEA SPICA」。運行スケジュールは朝8時半に広島港を出港して13時過ぎに三原港に到着する東向きコースと、逆に13時半に三原港を出港して18時過ぎに広島港に到着する西向きコースがある。今晩は広島港そばのグランドプリンスホテル広島に宿泊しているので、迷わず東向きコースを選択。

翌朝、ホテルを出て桟橋に向かうと、いましたSEA SPICAが。想像以上にカッコいい。前から見ると、双胴船構造なのがわかる。特急電車といい、西日本の乗り物ってカッコいいのが多いなと思って調べると、デザインはJR西日本のWEST EXPRESS 銀河も手がけたデザイナーの川西康之さん。なるほど、カッコいいわけだ。さっそく乗船すると、何やら豪華な椅子、いやソファが並んでいる。座り心地もいい。こりゃ快適な船旅は約束されたようなものだ。これらの座席は、窓からの景色を多くの乗船客に楽しんでもらうために窓側を少し外側に傾け、背もたれも低めにしているという。出港してから気づいたのだが、船内は左右に窓があるが船首側にはない。代わりに4つの大きなモニターが設置され、操縦席からのリアルタイムの映像と航路マップが映し出されている。

船内の様子。豪華なソファのような座席が並ぶ。船首側には操縦席からの映像が映し出されている。

出港してほどなく、「デッキに出ても大丈夫」というアナウンスに促されて外に出る。船尾側から見ると、港はすでにかなり遠くに。結構なスピードが出てるようだが、そんなに大きな揺れは感じられない。あとから聞いた話によると、双胴船は揺れに強いんだとか。なるほど、見た目だけじゃなく、そんなところにも気を配ってデザインしたのかと思わず感心。

かなりのスピードで瀬戸内海を行くSEA SPICA。最高速力は24ノット(44km/h)。

デッキ中央のソファは、せとうちの島々をイメージしたユニークなつくり。

デッキで景色を眺めていると、何やら巨大な船がやって来た。船体ナンバー4001。海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」だ。そう、この航路は海上自衛隊の基地がある呉を通るから、割と当たり前のようにこんな光景が見られるわけだ。その後は停泊している油槽船群なども見られたが、一番うれしかったのは潜水艦を6隻も一度に見られたこと。普段は別に自衛隊オタクではないのだが、こんな光景を見て心躍るのは自分が男だからだろうか。

海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」。近くで見ると、その大きさに圧倒される。

海上自衛隊の油槽船群。

1隻遭遇するだけでもラッキーといわれる潜水艦が、なんと6隻も。

右に見えるのは魚雷か?

最初に停泊した島は下蒲刈島(しもかまがりじま)。こちらの島は朝鮮通信使が来日した際に藩の玄関口になった場所で、島内の松濤園の中にはユネスコ「世界の記憶」に登録された資料も残されている。

港では、島で採れたミカンやイチジクなどを並べた売店のお母さんが出迎えてくれた。

ユネスコ「世界の記憶」に登録された資料が残されている松濤園。

穏やかで静かな瀬戸内の海。空気もきれいだ。

下蒲刈島から次の停泊地に向かう途中に見えるのが、広島の軍艦島・契島(ちぎりじま)。島全体が工場になっており、今も稼働しているそう。

続いて停泊したのは大久野島(おおくのしま)。戦時中は毒ガス製造が行われ、その資料館では当時使われていた陶器製毒ガス製造器具などが見学できる。でも、この島の一番の見どころはウサギ。終戦後のGHQによる除毒後に国民休暇村となった大久野島が、ウサギをマスコットキャラクターにして観光客を呼び込もうとしたのがその始まりだとか。

大久野島 毒ガス資料館。今はウサギ島で知られるこの島に、そんな歴史があったとは……。

実はこの大久野島のウサギが今、大変な状況になっている。2018年には900羽を超えるほど生息していたウサギの数が半減しているのだ。きっかけはコロナ禍。それまで多くの観光客が島を訪れて餌を与えていたおかげで何不自由なく暮らしていたウサギは、観光客がまったく来なくなったために餓死するものが続出してしまったという。そんな前情報を船内のアナウンスで聞き、痩せ衰えて元気のないウサギの姿を脳裏に浮かべながら島に降り立った。

ところが、目の前にいるウサギたちは丸々としているではないか。全盛期の光景を見たことがないので数が減ったのかどうかは判断できないが、少なくとも右を見ても左を見ても、そこかしこにウサギがいる。ひょっとしたら、この目の前のウサギたちは厳しいコロナ禍を耐え抜いた猛者の集まりなのか? だとしたら、さっきから手にした餌をウサギの口元に持っていってる女性観光客に見向きもしない理由がよくわかる。きっと「お前らからもらう餌なんていらねぇ」と思っているに違いない。周りを見渡すと、いたるところで餌を手にウサギに近づこうとしている人たちがいるが、見たところ餌をもらっているのは小さな子ウサギで、コロナ禍前から生きてきたであろう大人ウサギたちは完全スルー。「それは無駄ですよ。この島でコロナ禍を乗り越えて生き残ったウサギたちは、人間に懐くような弱っちい生き物じゃないんですよ」と心の中でほくそ笑む。

かくいう私は、下船時に購入をすすめられた餌も買わず、同行者に分けてもらうこともしない。なぜなら、私は動物が苦手なのだ。だから匂いにつられてウサギが近寄って来ないように、餌を触るような愚かな真似はしなかった。なのになぜか、私のズボンに前足を掛け、よじ登ってこようとするウサギが。「やめろ! オレは餌なんて持ってない!!」と心の中で叫びながら、周りの人に気づかれないように足で振り払おうとする。だって、知らない人たちばかりとはいえ、ウサギに懐かれて青ざめている情けない姿を見られたくないから。そして、意地でも手は使わない。動物を触りたくないから。

「オレに襲いかかって来ないで   。お願い  。」そんな時間が5分ほど続いただろうか。とうとう我慢の限界に達した私は、思わず「誰か助けてぇ〜〜」と叫んでしまった。その声を機に、よじ登ろうとしていたウサギは体を一転し、私の右の靴紐を咥えて一目散に走り出す。小動物とはいえ、けっこうな力とスピードで靴紐を引っ張られて体勢を崩しそうに。ウサギはというと、靴紐を咥えた程度で80kgオーバーの人間を連れ去ることなんてできるはずもなく、口から靴紐が外れたあとはそのままどこかに消えてしまった。

SEA SPICAに戻ると、この旅で顔見知りになった人が「遠くから見てましたけど、ウサギと楽しそうに戯れてましたね。うらやましい」と声をかけてきた。「違います、戯れてたんじゃなくて襲われてたんです」という言葉を飲み込み、「ええ、まぁ」と返す。だって、恥ずかしいじゃん。この悪夢のような時間の直前、たまたまiPhoneで動画を撮影していたのだが、襲われてパニック状態になったためにストップボタンを押せず、録画はそのまま継続されていた。そんな状況だったから映像自体は何を映しているのかわからないヒドイ代物だったが、音声はちゃんと残っていた。そう、「誰か助けてぇ〜〜」のくだりもバッチリと。帰京後、その動画を見た家族に大爆笑されたのは言うまでもない。

大久野島のウサギたち(写真をクリックすると別ウインドウで大きなサイズで開きます)

※ 大久野島での話は、あくまでも個人的な趣向に基づいて書いたものです。ウサギには何の罪もありません。


大久野島のウサギたち。「誰か助けて」のくだりは映像が乱れていたのでカットしてます。

瀬戸内しまたびライン
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