〈コラム〉瀬戸内ワインが教えてくれたこと。

ワインの原料はブドウ。そして、そのブドウの日本の名産地は? と問われると、学校で少しは真面目に勉強してきた日本人なら迷わず「山梨県」と答えるだろう。実際、山梨県でのブドウの収穫量(平成29年度 農林水産省「作物統計」による)は全国計176,100トンのおよそ4分の1にあたる43,200トンで、2位の長野県の25,900トンを大きく引き離し、ブドウからワインを作るワイナリーの数(同年度)も81場と全国303場の4分の1を超えている。そして16,700トンで同率3位の山形県と岡山県を含めた上位4県の収穫量数は、なんと全国の6割弱を占めているという。

ところで、ちょっとワインに詳しくて、中でもフランスワインが大好きな人がこの上位4県の県名を眺めていると、少し違和感を感じてしまうかもしれない。なぜなら、4県のうち3県は冷涼な地域なのに岡山県だけは温暖な地域だから。いわずと知れた世界的なワインの産地フランスでは、主要産地のすべてが北緯40度台に位置しており、冷涼な気候が特徴だ。そのため、フランスワイン好きな人にとってブドウは冷涼地で栽培されるものであり、またおそらく、ワインに詳しくなくても同様のイメージが頭に焼きついているという人は多いかも知れない。ちなみに日本の上位2県(山梨県、長野県)は北緯35〜36度台、次点の山形県は北緯38度台だが岡山県は北緯34度台で、数字的にも岡山県は他3県と比べて温暖なことがわかる。

しかしワインの産地を世界的に見てみると、北緯と南緯の違いはあれどもパース(オーストラリアワイン)が南緯31.9度、エルキヴァレー(チリワイン)が南緯30.0度と、岡山県よりもさらに暖かい地域で有名なワインが作られている。実はブドウが生産できる緯度は北緯、南緯ともに30〜50度といわれ、岡山県がブドウの名産地であることは不思議なことではないのだ。

前置きが長くなったが、今回は何が言いたいのかというと、その岡山県を含む瀬戸内地方に面白いワイン醸造所があるということ。もともと1980年代半ばに竣工した大手ビール会社のワイン工場があり、ワインの生産量でも全国4位の岡山県だが、ここ最近では岡山県を含めた瀬戸内地方に徐々にではあるが小規模のワイナリーが増えつつある。来春のワイナリー開業を目指す、広島県三原市の瀬戸内醸造所(setouchijozojo.jp/)もその流れのひとつだ。

つい先日、たまたま瀬戸内醸造所の『MIHARA ニューベリーA』を入手し、「瀬戸内のワイン?」と気になって上記のようなブドウとワイン産地の緯度について調べてみたというわけなのだが、緯度問題よりも興味深く感じたのが瀬戸内醸造所のスタンスだった。まず「んっ?」と思ったのが、醸造所というわりに自社で醸造していないところ。まあ、先に書いた通り来春のワイナリー開業を目指しているというから、そこは百歩譲ってよしとしよう。次に驚いたのが、同醸造所を立ち上げた代表の人が、ブドウ生産農家でもなければワイン醸造の経験者でもないということ。なんでも、東京で地方創生を扱う会社の経営者だったらしいが、自分の故郷・三原市の案件に携わったのがきっかけで瀬戸内醸造所を立ち上げたのだそうだ。

公式HPに書かれている代表メッセージを要約すると、「地方創生を扱ってきて痛感したのが雇用問題。雇用を生み出すには新たな産業が必要。そのために世界共通言語ともいえるワインを産業化し、それを通じて世界中の人々に瀬戸内の食文化を楽しんでもらう仕組みを作る」と書かれている。そう、この人にとっては自分がブドウを作るかワインを作るかなんて些細なことで、そんなことよりも大きな視野で瀬戸内の今後を考えているのだ。そのことに気づいて、ちょっとショックを受けた。

かくいう私は九州・別府の出身で、なまじ『男の隠れ家』なんてマイナー誌に携わっている関係で様々な自治体に呼ばれて全国をまわっていることもあり、地元で女将を継いでいる同級生などに「ああしたら? こうしたら?」なんて意見してたりすることも。しかし今回、瀬戸内醸造所のことを調べているうちに、自分の口から出てくる意見がいかに浅いかを思い知らされた。覚悟が違うのだ。今夜は瀬戸内醸造所のMIHARA ニューベリーAを飲みながら、これまでのそんな自分を反省しようと思う。